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April 22, 2005

『千年女優』

『千年女優』ただまっすぐに。今敏監督、『千年女優』。この表現力があるからこそ、このシンプルな骨格でしょうか。

愚直にストーリーを追いかける人間を嘲笑うような現実と虚構の交錯。エンターテイメントよりアートを志向したかの様。しかしそんなめまぐるしい交錯の中で、どの時代、どの(劇中劇の)場面でも、主人公の初恋の人に対する気持ちが反復して提示されます。このモチーフの徹底した繰り返しによって、一途な気持ちの強さ、純粋さが伝わるでしょう。とすれば、最後の、ちょっと素面では恥ずかしいセリフも違って聞こえそうです。

言うまでもなく、古今東西の物語と呼ばれるものは多くの要素から成っています。小説、マンガ、アニメ、映画などジャンルは異なっても、それぞれに共通の要素(思いつくまま挙げれば、台詞、伏線、プロットなど)があり、また固有の要素(同じく、言葉で想起される感情や思考の描写、ページやコマ割りの概念、デフォルトの効果、音楽や効果音などなど)があります。そして一般的に、良い物語は諸々の要素のバランスが良く、逆にバランスが悪いとなかなか評価されにくいものでしょう。

この『千年女優』も例に漏れず、それらの要素が高いクオリティで結合しているのは間違いありません。ただ、どの要素においても均等に高みを目指した、というのではなく、あえてバランスを崩した、ようなところも見える気がします。例えば起伏に富む展開、重層的な伏線、多面的な情景描写といった要素を期待する観客にはややウケが悪いかも知れません。他方で、華麗かつ緻密な衣装や背景、幻想的な演出、登場人物の(アニメなのに!)繊細な演技といった要素で十分に魅了され満足する観客もいることでしょう(自分のように)。

個人的には、こうした云々は作品の出来不出来ではなく、好き嫌いで語られるべき問題だと考えます。しかし逆に、自分が気に入らないからダメだ、という人間もいて、作り手側もそうした批判を気にしてなるべく大勢にウケる、平均的、標準的な物語を心がけてしまう……こともあるハズです。そういう姿勢と比較するとこの『千年女優』、自信のあるところで自信を持って勝負した、とでも呼べる元気の良さを感じました。


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