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April 16, 2005

『緑の少女』

『緑の少女』上『緑の少女』下このタイトルと表紙はモンダイでは? エイミー・トムスン著、田中一江訳、『緑の少女。少女が主役のファンタジーと間違えて手に取る人が多そう。でも実際にはこってこてのSF。原題は"The Color of Distance"。こちらの方が含蓄は深いと思いますが、抽象的すぎるという理由で邦題は変更されたのでしょうか?

異星の生態系を探査中、事故で瀕死となった主人公はそこに住むエイリアンに救われ、一足先に地球へ帰還した調査隊が再び戻るまで、現地で生活することに。もっともこのエイリアンと言うのが基本的には両生類型で、自分や他者の生理化学機能を自在に操る特殊能力を持ち、体表面に浮かべる色や記号を用いた視覚言語で会話する、という人類とは相当に隔たった生き物。こんなエイリアンと人類とのファースト・コンタクトから、双方に起こる変化を描いた作品です。

エイリアンの社会における概念がそのままカタカナ語で頻出するため、読み手にとって相当ハードルが高いと言えそうです。もっとも、それが主人公の困惑にシンクロしていると見れば、凝った演出ともとれるでしょう。エイリアン社会の尋常でない量の描写はそのユニークさを示すと共に、人類の文明と接触したときに起こりえる変化の大きさも示しています。彼らの概念に慣れてしまうと、主人公を迎えに来た人類の行動が、逆にヘンテコに見えて驚いてしまうかも。

自然と調和し、何万年という単位で変わらぬ暮らしを続けるエイリアンの社会は、ひとつの理想郷として描かれていますが、その暮らしを維持するための子殺しや自殺と言った風習、またそんな風習を当たり前に受け入れる倫理観も同時に描かれているため、絵空事という嘘くささは感じません。現地の生態学に基づき能動的に行われる淘汰、といったところでしょうか。特殊能力によって老化や傷病の治療は完璧に行われ、よほどの事故や自発的な意志によってしか死が存在しない世界は、ひょっとしたら高度に医療の進んだ我々の世界の行く末を暗示したものかも知れませんね。


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